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Q&A お寺なのにどうして鳥居があるの?

Q, 目黒不動尊はお寺ですが、なぜ鳥居があるのですか?

A,
自然を崇拝しその中から神を見出し信仰する「神道」と
6世紀に大陸から伝わってきた仏教が融合したスタイルの信仰を神仏習合といい
目黒不動尊の鳥居もこの神仏習合の名残と言われています。

目黒不動尊には男階段を上ったところに、
昔から天台様式の山王鳥居がありましたが
大正大震災で倒れてしまい
機縁熟して平成29年(2017)に復興できました。

額について、 院号『護国院』を掲げました。
この文字は、大本堂裏の奥の院、
大日如来坐像(目黒区指定文化財)の蓮弁に刻されたものになります。
推測ですが、文字を書いたのは 落慶当時の住職、中興第3世 圓山亮順か
または、まだ存命の中興第1世 生順、
または、地元 須田家出身の中興第2世 宗順(慈海) ではないかと思います。

目黒不動尊の正式名称『泰叡山 護国院 瀧泉寺』です
一般的に、お寺には、 山号 院号 寺号 と3つあります。

目黒不動尊は、通称である目黒不動尊が定着して
瀧泉寺すら知らない人も多くいます

泰叡山は、20年くらい前に、豊道春海翁の門下
門前の女流書道家の 川上柏翠先生に揮毫していただき、
仁王門の楼上に掲げてあります

『目黒不動尊 瀧泉寺』の標柱は、
豊道春海翁の孫に当たる 印南溪峻氏に揮毫していただきました

これによって、目黒不動尊の正式名称の全てが
境内にあることになります

また護国院の由来には3通り仮説を立てています。

1、天海大僧正
一番弟子である瀧泉寺中興第1世の生順が
上の寛永寺に創建した護国院
(上野 護国院の住職が、目黒 瀧泉寺を兼務していた)

2、目黒不動尊の縁起のうち、
日本武尊のお姿と不動明王のお姿が似ていること
日本武尊は護国平定で過ごされた

3、2の日本武尊と思われる神が平安時代、
慈覚大師の夢枕に立ち
国を鎮める旨お告げしたこと

1~3のいづれも考えられ複合的に歴史があります。

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